by 闇と鮒
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February 14, 2025
<a href="https://gonosen3.up.seesaa.net/image/3-187-2.mp3">3-187-2.mp3</a> 瓦礫が散乱し、崩壊したフロアの中にもかかわらず、アパレルショップのディスプレイが無残に残っていた。その中に、ミリタリーショップが偶然にもあった。 椎名はその店内で服を物色し、迷彩服を手に取った。雨に濡れたシャツを脱ぎ捨て、軍人らしい出で立ちに着替えていく。 鏡に映る自分の姿をじっと見つめる。その姿はまさに彼の本質――戦場に生きる者そのものだった。 「やはり、しっくりくるな。」 彼はふと何かを思い出したかのように呟く。 「仁川さん…?」 「仁川さっ…!」 「椎名!」186 声が脳裏をよぎる。 「あのとき…俺の名前を呼んだ気がしたが。」 椎名は姿見に映る迷彩服姿の自分をもう一度確認し、口元に不敵な笑みを浮かべた。 「さて…。」 ベネシュには特殊作戦群との交戦を命じている。両者が正面からぶつかれば、いかに特殊作戦群が精強な部隊であろうとも、何らかの被害は免れないだろう。 「いくら歴戦の猛者でも、力が拮抗すれば互いに削り合う。そうなれば、消耗戦に持ち込むだけだ。」 創設された特殊作戦群の初戦。ここで彼らが大きな損害を被れば、日本政府の中枢に動揺が広がる。 「政府内にはすでに不満分子が潜んでいる。彼らは特殊作戦群の損耗を口実に、現政権の足を引っ張り始めるはずだ。」 その不満がさらに広がれば、内部での不協和音が助長される。そして混乱がピークに達したとき、次の段階に移行すれば良いだけだ。 「皆殺しだ。」 冷酷な一言が彼の口から漏れた。自分自身に対する確認のようでもあった。 ウ・ダバはすでに壊滅状態にあり、彼らの継戦能力は失われている。ヤドルチェンコは残っているものの、単独で何かを成し遂げる存在ではない。 「オフラーナ――奴らは必ず事の詳細を確認しようとするだろう。そして、俺が何かを企んでいると気づけば、直接的な圧力をかけてくる。」 だが、椎名はその先を見据えていた。 オフラーナが圧力をかける前にヤドルチェンコを排除し、その死を利用することで、さらなる混乱を引き起こす計画を考えていた。 「ヤドルチェンコの死は、オフラーナにとって人民軍の仕業に見えるだろう。彼らはそれを許さず、報復に動き出す。」 オフラーナの動きが激化すれば、それに対抗するように人民軍も強硬な措置を取る。そして最終的には両者の衝突が激化し、その余波が日本に及ぶ――そのときが椎名の最終目的を果たす瞬間だ。 「日本政府がそれにどう対応するか。その答えは一つ。」 椎名の冷笑は、鏡に映る自分の姿に向けられたものだった。 「戦争だ。」 オフラーナの横暴を排除すると言う名目で、ツヴァイスタン人民軍の正規軍が日本に介入する――その準備が整いつつあることを、彼はすでに知っていた。 「政府も公安も、自衛隊ですら、この流れを止めることはできまい。ヤドルチェンコの死は、その引き金にすぎないわけだが…。」 「問題はやつをどう排除するか…。」 しばらく考えた挙げ句、椎名は携帯を手にした。 発信音 雨音がかすかに混じり、数回の呼び出しの後、応答が入る 「はい。」 「目薬はいるか。」 「…結構です。」 「いま何をしている勇二。」 「先ほどまでここに居た捜査員が逃走しました。」 「なにっ?」 「署内で電話をする奴の姿を見た同僚警察官が声をかけると、ごにょごにょ言ってその場から走って逃げだしたというものです。」 「目薬の男ね…。」175 「現場から2㌔地点で待機。」 「ひとりか。」 「いえ、矢高さんと一緒です。」 「そうか。じゃあ代わってくれ。」 矢高の声が入る。どこか沈んだ響きが混じっている。 「矢高です。ご無事で何よりです。」 「朝戸の排除は完了した。」 「ははっ。ご迷惑をおかけしました…。」 矢高の声はどこか恐怖を感じているようにも思えるものだった。 「あいつ映画館でトゥマンの連中を皆殺しにした。おかげで折角の戦力が削がれてしまった。」 「申し訳ございません!」 「まぁいい。結果的にちょうど良かったのかもしれんな。戦力のバランス的に。」 「と、申しますと。」 「ベネシュは過信している。トゥマンの実力を。今回トゥマンは壊滅的打撃を受けた。ここからどう巻き返すか。それとも…。」 「それとも…。」 「そのまま消え去るか。」 「消え去る…。」 「そうだ。」 「…それほどまでに自衛隊の特殊作戦群は。」 椎名は少し間を置き、冷静に言葉を選んだ。 「強い。」 短い言葉に込められた確信が、矢高の心を揺さぶる。 「…。」 「この攻撃で多少の被害はあるだろう。しかし、それが目に見える形で現れることはない。それほどまでに彼らのダメージコントロールは完璧だ。」 「そんなにですか…。」 「無傷ではないだろうが、壊滅状態でもない。それを引いても、奴らの精強さはトゥマンの上だ。」 矢高は息を呑む。 「では、私はどうすれば…。」 「プリマコフ中佐に応援を要請せよ。」 その言葉が電話越しに伝わった瞬間、矢高は目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。 「少佐、それは無理です。他国の治安維持に正規軍を投入するなんて…そんなこと、現代ではあり得ません!」 声が震え、言葉を並べるたびに自分の心が不安定になっていくのを感じる。 「正規軍が他国に介入するなんて、国際世論が絶対に許しません!どんな裏付けがあったとしても、それを現実化させるのは…!」 矢高は言葉を詰まらせた。 「君がヤドルチェンコを始末すれば、可能になる。」 椎名の声はどこまでも冷静で、疑いの余地を全く与えないものだった。 「…は?」 「テロ組織の指導者が殺害されれば、オフラーナは人民軍の仕業だと考えるだろう。そこから先は、報復に向けた軍事行動に進むのは自然な流れだ。」 矢高はその説明を聞いて、頭が混乱するのを感じた。 「でも、それは…それでは、戦争になりませんか……。」 矢高は必死に言葉を吐き出したが、それはまるで水中で声を出そうとしているような虚しさを伴っていた。 「その通りだ。」 矢高は椎名の一言に絶句した。その言葉に揺るぎない確信が滲み出ているのを感じたからだ。 「オフラーナが動けば、人民軍も対抗せざるを得ない。その衝突が日本に波及するのは時間の問題だ。」 「いえ、それでも…それでも国際社会がそんなことを許すはずが…!」 矢高は声を震わせながら、必死に現実にすがりつこうとした。 「国際社会? 君はまだそんなものを信じているのか。」 椎名は冷笑を含んだ声で返す。その瞬間、矢高の中で崩れかけていた防波堤が完全に崩壊し始めた。 ー信じているわけではない。あんなものツールのひとつに過ぎない。そんなことは分かっている。だがそのツールによって戦争を回避してきたのも事実…。 矢高は必死に椎名の言葉を否定しようとした。しかし、これまで椎名が見せてきた完璧な計画と、その実行力を思い出すたびに、否定する根拠が失われていった。 ー少佐の言うことが本当なら…本当にプリマコフ中佐が動くというのか?でも、それは…。 頭の中で何度も反論の言葉を組み立てるが、椎名の言葉の重さがそれを次々に打ち砕いていく。 「君は分かっていないようだな。」 椎名の声が鋭く響く。 「準備はすでにできている。」 「準備…?」 矢高はその言葉に背筋が凍るような感覚を覚えた。だが、椎名がその詳細を語ることはなかった。 矢高はついに言葉を失い、唇を震わせるだけになった。 「無理です…。自分には…そんなことはできません。」 その声には、精一杯の抵抗と、全てを諦めたような諦念が混じっていた。 椎名は冷徹にその答えを受け止めた。 「ほう、命令に背くか。」 「いえ…ですが…。ですが…。」 「分かった。」 その短い言葉は、全てを終わらせるものだった。 「君はいままでよくやってくれた。その点は評価する。」 椎名の言葉はどこか空虚で、決定事項を読み上げるようなものだった。 「だが、ここで終わりだ。君は解雇だ。我々とは無関係の人間となる。」 「少佐…!」 矢高が声を絞り出そうとした瞬間、椎名はさらに冷たい声で告げた。 「ご苦労だった。すぐにその場を立ち去れ。」 電話越しに無言が続いた後、椎名は勇二を呼び出した。 「勇二。」 「はい。」 「矢高を消せ。」 勇二は一切の迷いを見せず、無言で矢高の眉間にナイフを突き立てた。矢高は声を上げることなく、その場に崩れ落ちた。 「完了しました。」 「よし。次はヤドルチェンコの行方を突き止め、排除せよ。」 「了解。その後は。」 「好きにしろ。」 「わかりました。」 勇二の冷徹な声が電話越しに響いた。<a></a>
February 14, 2025
<a href="https://gonosen3.up.seesaa.net/image/3-187-1.mp3">3-187-1.mp3</a> 相馬からの報告がないまま、時間だけが過ぎていた。 テロ対策本部の室内は、重苦しい空気に包まれていた。誰も言葉を発さず、机上の時計の秒針がやけに耳に響く。 「こちらSAT。テロ対策本部ですか。」 突然、無線から声が響いた。 岡田は反射的に無線機を手に取った。 「こちらテロ対策本部だ。そちらは?」 「SATの吉川です。自衛隊から応援に入っています。」 その名を聞き、岡田は瞬時に思い出した。相馬から自衛隊特務2名と協力しているとの報告だった。そのうち1名がSATに応援として加わり、もう1名は死亡した――この無線の相手がその一方の生き残りだ。 「相馬から報告を受けている。残念だった。」 無線越しの吉川の沈黙に、本部内も自然と押し黙る。その沈黙は、吉川が相棒の死を受けて沈んでいるのだと、誰もがそう思っていた。だが、次の言葉がその思いを根底から覆した。 「相馬周は死亡しました。」 室内が一瞬で凍りついた。 岡田は目を見開き、呆然とした表情を浮かべる。片倉は両手で頭を抱え、無言で肩を震わせた。 「詳しい状況については、今、別の人間に代わります。」 無線から再び声が聞こえた。それは吉川ではなく、別の人物――「黒田」と名乗る者だった。 「…黒田と申します。」 その名を聞いた片倉の表情が変わった。まるで過去の記憶が引き戻されたかのように目を鋭くし、無線マイクを岡田から奪うように取り上げた。 「黒田…。黒田か!」 「…片倉さん…。」 無線越しに聞こえる声には動揺と焦燥が滲んでいる。 「どうした…何があった…。」 片倉の声は、すがるような響きだった。 「見たんです…。信じられないものを。」 「何を見た?」 「仁川…仁川征爾です。」 その名に、片倉は息を呑む。 「仁川…征爾…。」 「ええ。」 黒田の声は震えていた。 「あの仁川征爾を見ました。」 「…その仁川が…どうした…。」 沈黙が続く。本部内も誰一人動けない。 「黒田、答えろ!」 「仁川が…相馬を撃ちました。」 片倉は絶句した。 「撃って…どこかに行きました。」 「嘘だろ…。」 「嘘じゃありません…。」 「いや、嘘だ…。」 「嘘じゃありません!」 「…んな…馬鹿な…。」 片倉の声はかすかに震え、消え入るようだった。 「片倉さん…何が起きているんですか…。」 その問いに片倉は返事をすることができず、代わりに肩を落とし、まるで小さくなったように見えた。 「吉川です。」 沈黙を破るように、冷静な声が無線に入った。 「黒田さんが仁川と言っている男は椎名賢明です。その自分の理解は正しいですか。」 片倉は答えられない。言葉を失った片倉の代わりに、百目鬼が前に出て答えた。 「テロ対策本部の統括責任者、百目鬼だ。その理解で間違いない。」 「椎名は、この状況の何かを知っていると自分は考えます。公安特課は?」 「同感だ。」 「ならば、自分はこれより椎名を捜索します。」 「よいのか?」 百目鬼が問いかける。 「良い悪いの話ではありません。自分にとって、3人の相棒が殺された可能性がある。」 相馬、児玉、そして古田――。吉川は一時的であれ彼らと共に任務をこなしてきた。 「自衛隊はそれで了としているのか。」 「撤収せよとの命令です。」 百目鬼は苛立ちを露わにした。 「ではいかんではないか!」 「人としての問題です。」 吉川の言葉が百目鬼の声をかき消した。 「たった今から、自分は自衛官でもなく、警官でもありません。ただの民間人です。それならば、誰にも迷惑はかけません。」 百目鬼は短く息をつき、沈黙を破った。 「…いいだろう。君の椎名捜索について、我々は全面的に協力する。ただし警察公式としては一切関知しない。」 「ありがとうございます。」 「礼を言うのはこちらだ。」 無線が切れた後、百目鬼は深々と無線機に頭を下げた。その姿に引き寄せられるように、他の本部メンバーも次々と立ち上がり、頭を下げた。 沈黙は1分間続いた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 雨が降り続き、相馬の遺体の周囲を冷たい水が流れていく。 吉川と黒田は、降りしきる雨に打たれながら、無言で立ち尽くしていた。 吉川がポケットから無線機をしまい、重く息を吐いた。 「黒田さん。あんた一旦帰るんだ。ここは危険だ。」 黒田は吉川の言葉にかぶせるように答えた。 「俺も行く。」 吉川は深い溜息をついた。 「おいおい…素人が出張るような局面じゃないんだ。あんたのようなのがいるとかえって迷惑なんだ。」 黒田は振り返らずに言った。 「仁川…。」 黒田の視線は地面に伏せられたままだった。 「あいつを見たからには、俺はやらなきゃならんことがあるんだ。」 「…なんだよ。」 黒田はわずかに顔を上げ、吉川の目を見た。その目には何か深い決意が宿っていた。 「あいつの帰りをずっと待ち続けていた男。その話を伝える。」 吉川は怪訝な顔をした。 「…なんだそれ。」 黒田は説明を続けることなく、わずかに顔を背けた。 その表情は「これ以上聞くな」と語っているようだった。 「頼む。俺にも行かせてくれ。でないと…俺は、もう…。」 黒田は相馬の遺体から目を逸らした。 三波の死亡報告、そして相馬の死――立て続けに襲いかかった悲劇に、黒田の精神は限界に達していた。これだけでも十分すぎるほどのショックだ。しかし、彼をさらに苦しめるものがあった。 それは、相馬の恋人である片倉京子の存在だ。 職場の上司であり尊敬していた三波の死を目の当たりにし、続いて恋人である相馬の死を知ったとき、彼女はどうなってしまうのか――そのことが黒田の心を引き裂いていた。 このまま立ち止まっていると、自分まで気がおかしくなりそうだった。何か行動しなければならない。動くことでしか、この耐えがたい現実から逃れる術はなかった。 吉川は黒田の言葉を聞き、その姿を見つめた。 何か込み入った事情を抱えていることは察していた。しかし、それでも戦場に素人を連れていくことがどれだけ危険かも理解していた。 吉川は静かに腰のホルスターから拳銃を抜き、それを黒田に差し出した。 「俺はあんたを守らない。ここからは自己責任だ。そういうことで良いなら着いてこい。」 黒田は一瞬その拳銃を見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。手にした瞬間、思った以上の重さに驚いた表情を浮かべる。 「そいつは自分を守る唯一の武器だ。」 吉川は冷静に続けた。 「あんたを守るのは、その一丁の拳銃だけだ。使うときが来たら、躊躇わずに引き金を引け。それが自分の身を守る唯一の方法だ。」 黒田は拳銃を握る手に少し力を込めた。 「撃つときは狙いを定めるな。相手の身体のどこかに当たればそれで十分だ。それだけを覚えておけ。」 吉川の言葉に、黒田は黙って頷いた。 吉川が振り返り、雨の中で歩き始めた。 「行くぞ。」 その背中に向かって、黒田は一言だけ返した。 「おう。」 雨の音が二人の足音を掻き消していく。濡れた拳銃の冷たさが、黒田の手に馴染むまでには、まだ時間がかかりそうだった。<a></a>
January 31, 2025
<a href="https://gonosen3.up.seesaa.net/image/3-186-2.mp3">3-186-2.mp3</a> 雨音の中、椎名は低い声を出した。 「トゥマンの状況は。」 電話の向こう、アルミヤプラボスディアの精鋭部隊トゥマンを指揮するベネシュ隊長は、一瞬の間を置いて答えた。 「戦力の4割は削られた。」 その報告に、椎名は短い沈黙を挟み、冷ややかに呟く。 「全滅か…。特殊作戦群はまだそこまでの被害は出ていない。」 ベネシュは唇を噛みながら問いかけた。 「どうする。」 「今こそ撃鉄を起こせ。反共主義者に鉄槌を下すのだ――とプリマコフ中佐はおっしゃっている。」 仁川の言葉には感情の起伏がなく、ただ淡々と任務を遂行するかのような響きがあった。その言葉を聞いたベネシュの眉がわずかに動く。 「撤退は選択にないということか。」 「そうだ。」 「しかし、こちらもここまでの被害が出ると事情が変わってくる。本社に確認させてくれ。」 ベネシュは絞り出すように言った。その声には焦燥が滲んでいた。 「何を確認すると言うのだ。」 仁川の声が通信機越しに鋭く響く。 「我々が御社の金主だろうが。」 「そうだが…。」 「おやおや、自衛隊が怖くなったか。」 仁川の言葉には冷笑が混じっていた。その一言がベネシュの胸に刺さり、怒りが沸き上がる。 「…私を侮るな!」 電話の向こうでベネシュが声を荒げる。しかしその怒りを全く意に介さず、椎名はさらに冷徹な言葉を浴びせた。 「命が惜しいと言うなら撤退しても構わんが、そうなれば御社は会社ごと消えることになるかもな。」 その一言に、ベネシュは息を飲んだ。 仁川の脅しは、単なる言葉ではない。ベネシュはそれを理解していた。アルミヤプラボスディアの市場と利益――その全てがツヴァイスタン人民軍の手の中にある。いまここにおけるツヴァイスタン人民軍は仁川征爾少佐である。 「…分かった。」 ベネシュは短く答えた。その声には屈辱が滲んでいた。 「残る部隊をすべて動員し、特殊作戦群を可能な限り削る。」 その言葉に仁川が応じた。 「よろしい。目標はただ一つ、反共主義者に鉄槌を下すことだ。」 その言葉を聞いたベネシュは、ふと胸の奥に冷たい違和感を覚えた。 ーこいつは…狂っている。 共産主義――それは過去の理念であり、現代の戦場で語られるべきものではないはずだ。 だが、仁川はまるでそれに取り憑かれたかのように、冷静に、しかし狂気をはらんだ声で語っていた。 ベネシュは問いかけた。 「何がそこまでお前を駆り立てる。いったい何が目的だ。」 だが仁川はそれ以上の説明をすることはなく、ただ一言、冷たく言い放った。 「言っただろう。反共主義者に鉄槌を下すだけさ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 雨の音 ーやはり…似ている…。 記憶の奥底から浮かび上がる顔――6年前、熨子山事件の真相を追う過程で無視できなかった、あの仁川という男。その顔が重なった。 ーまさか…。 黒田は息を呑み、思わず呟くように口を開いた。 「仁川さん…?」 その声が雨の中で微かに響いた。 この黒田の声に、椎名は動きを止めた。まるでその名に反応するかのように、雨の中で僅かに顔を動かす。 ー嘘だろ…。 黒田の胸に確信が走った。その瞬間、言葉が勢いを帯びて口をつく。 「仁川さっ・・・!」 「椎名!」 鋭い声が雨音を切り裂いた。 黒田は反射的に声の方へ振り返った。 ー今の声は…? 雨の中で瓦礫を踏み越えながら立っている一人の男。その顔を見て、黒田の目が大きく見開かれた。 ー相馬…!? その名を心の中で叫ぶ。 相馬の目には鋭い光が宿り、表情には緊張感が滲み出ている。これは黒田の知る相馬ではない。 「椎名!お前、なぜSATの格好をしている!」 相馬の問いに、椎名は答えない。雨が二人の間を叩きつける音だけが響く。 「答えろ!」 相馬の声が荒れる。椎名はただ静かに相馬の方を向いている。 相馬は咄嗟に拳銃を抜き、椎名に銃口を向けた。その手は微かに震えている。 「ヤドルチェンコの討伐なんかどうでもいい!」 相馬の声は雨音に混じりながらも力強く響く。 「お前は…すぐに本部に戻るんだ…!」 椎名は無表情のまま相馬を見つめ、静かに言葉を返す。 「本部に戻る?」 「そうだ!」 「ここがこんな状況で、おれだけおめおめと本部に戻る訳にいかんだろう。」 相馬の額には雨と汗が混じり、瞳が揺れる。 「そんなことどうでもいい!俺はお前を確保しろと言われている!」 雨が二人の間を絶え間なく打ち付ける中、相馬はさらに声を張り上げた。 「椎名、そこに跪け!」 その言葉に椎名は僅かに眉を動かし、冷笑を浮かべた。 「確保して本部に連行するか。」 「そうだ!」 椎名は短い沈黙を挟み、静かに言葉を放った。 「おやさしいことだな。」 次の瞬間、鈍い音が響いた。 相馬の身体が大きく揺れ、彼の声が喉の奥で途切れる。力なくその場に膝を突き、拳銃が手から滑り落ちた。 雨音がその場を支配する中、椎名が冷静に手元の銃を下ろす。銃口にはサイレンサーが付いており、発砲音は周囲の雨音に紛れて消えていた。 相馬は肩を押さえ、口から血を滲ませながら椎名を見上げた。 「…お前…何を…。」 椎名は無言のまま、彼を見下ろしている。その瞳には、わずかな感情すら読み取れない。 その一部始終を、瓦礫の影から黒田は息を殺して見つめていた。 ー…撃った…? 仁川が、相馬を撃ったのか…? 雨に濡れた眼鏡を指で拭いながら、黒田は震える手で瓦礫にしがみつく。サイレンサー付きの銃が雨に濡れ、冷たく光る。その光景が、黒田の脳裏に鮮明に焼き付いた。 雨音だけが響く中、椎名はその場を立ち去る素振りもなく、ただ静かに立ち尽くしていた。<a></a>
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