14 Episodes
2022 First episode About 遇光書林 Gooco shorin 視覚障碍者のための音訳ポッドキャスト。パブリックドメイン作品(または配信者が著作権をもっている作品)を耳で聞く音訳として配信。 主に日本語または英語で配信。「仏教聖典」(仏教伝道協会発行、ホテルのテーブルの引き出しなどによく置かれている本)の音訳プロジェクトをします(伝道協会非公式チャンネル)。
小説音訳とかも、ときどき配信。
This is a transliteration podcast that broadcast in Japanese or English. We mainly transliterate Buddhist scriptures. This is a Buddhist book that "nightstand Buddhists" can listen to while driving their car or cooking etc. The Japanese version also broadcasts transliterations of non-Buddhist works.
Publisher tk
Category religion & spirituality
Language ja
Explicit No
First episode 30 Nov 2022
Latest episode 19 Nov 2023 Latest episodes 14 episodes in the feed.
19 Nov 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 13(最終回) 財団法人仏教伝道協会発行「日本語仏教聖典」音訳プロジェクト。その最終回となりました。
今回難しい話はあまりありません。日本語の音の発音の状態が悪く聞きづらいのですが、どうぞお楽しみください。
29 Aug 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 12 「日本語仏教聖典」(財団法人仏教伝道協会発行)の音訳プロジェクト。その12回。
今回は原書題4部題2章です。家庭の指針ということで、日常生活の具体的方法についてアドバイスがある章です。
全体的に、古い大日本帝国時代の社会倫理を強調する内容が多いです。私見ですが今回のパートには中国や日本で付加された儒教道徳が多いようで、インド仏教とは肌あいが違うように感じます。
23 Jul 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 11 財団法人仏教伝道協会の「日本語仏教聖典」音訳プロジェクトその11回目。
今回から原著の最後のチャプターに入ります。平凡な日常生活をおくるうえで、具体的にどのような心構えでどうやって生きたらいいか。どうしたら明るく楽に生きられるのか。そのアドヴァイス。
15 Jun 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 10 (財)仏教伝道協会 「和文仏教聖典」 の音訳プロジェクト、 第10回。
今回は、仏陀の3つのあり方とは、仏陀が無数に多様に現われるけれど仏性はただ一つだとか、 教学に関わる話があって親しみにくいかもしれません。
またそのように衆生救済のためにあらゆる姿をとる仏の慈悲のありがたさということは、信を得た後に初めて肌身にしみてわかることで、 未信の時には決してわかりませんから、 宗教の押し売りみたいに不快に感じるかもしれません。
難しいとか不快だとか感じたら素直にそのまま聞き流すのが善いことだと思います。 疑問と反発を否定せず、疑いを持ち続けるのが大事なことです。
信とは、 何かの対象をそれが何だかよくわからないけれど、これだけは確かだと、当てにし頼りにし信じ込むことではないからです。
4 May 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 9 財団法人仏教伝道境界発行「和文仏教聖典」音訳シリーズ第9回。
原書の初めから2番目の章「永遠の仏」を今回は音訳しました。今回は時間的には比較的に短い章です。
12 Apr 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 8 財団法人仏教伝道協会発行「和文仏教聖典」音訳シリーズ第8回。
今回はシャカムニ(お釈迦さん)の一生と説法のエッセンスを放送します。原書では本を開いたまず最初。第1部第1章の部分です。
このシリーズ中もっとも大切なことが語られます。
いつもより放送時間短めですから、繰り返し聞いてみてください。
25 Mar 2023
愚かさに目覚めたひとたちの明るく楽しい世界 7 「和文仏教聖典」(財団法人仏教伝道協会)を音訳して耳で聞く本にするプロジェクトの7回目。
今回は智慧をえるために、具体的にどうすればいいのか、具体的なお話を聞きます。
伝統的な言葉でいうと「修行」ですね。
そう堅苦しく構えなくても「練習」とか「日常の生活」ととらえて構わないんです。
それでは聞いてみましょう。
10 Mar 2023
愚かに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 6 「和文仏教聖典」(財団法人仏教伝道協会)耳で聞ける音訳シリーズ。第6回。
今回は原書第3章「はげみ」第1章部分の音訳です。
14 Feb 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 5 財団法人仏教伝道協会「和文仏教聖典」音訳シリーズ第5回です。
今回は「信」をテーマとするおはなし。極楽や往生の話しを現代人は敬遠しがちです。
仏教でいう「信」とは、何かを信じるということではありません。もしかしたらあなたは、信仰とは何かを確かだとして、それにしがみつくことだと思っているかもしれません。そうではありません。信とは心がきれいに澄んでくるということです。深い智慧に目覚めること、仏教徒はそれを信と呼ぶのです。
世間一般に言う普通の意味での「信」は、なにかじぶんの向こうに措定して、それを信用する(もしくは信仰する)、じぶんと相手の関係のことですが、仏教がいう言う「信」は相手がないのです。だから別の言葉で「一心」というし、「無心」ともいいます。「無我」ともいうし「信心」ともいいます。どれも同義語です。その「信」が外へ向かわず、「信」が「心」を信ずるのです。極楽とか、極楽への往生とか言っても、それが仏教の話であるかぎりは、極楽世界という異世界がどこかに実体としてあるのではないのです。極楽とは覚りの境地(の象徴表現)なのです。それは「信・心」の内景なのです。
この「信・心」に目覚めた人は、世界を正しく、偏りなく見ることができます。そうすれば、その人はきっと世界をより良くするために行動を起こすでしょう。仏教徒はそれを修行と呼びます。
それに完全に目覚めたとき、あなたは仏になるのです。どうかよく気づいてください。お願いします。
どうすれば智慧に目覚めることができるのでしょうか?それは難しい質問ですね。
Aをすれば必ずBが得られるというような安易な答えは出せません。そんなことを言うのは、宗教家のふりをした詐欺師だけです。
ただ、少しはアドバイスができます。
そのひとつは、「疑い」を持ち続けることが大切だということです。疑問は何でもいいんです。形而上学的な疑問でもいいし、身近な問題でもいい。曖昧にせず、永遠に解けない謎として、一所懸命に取り組んでください。当たり前のことを当たり前と思わないでください。なぜ当たり前なのか?を問うことが大切。安易な解決策に固執しないこと。いつの日か、それが知恵に目覚めるための最高の糧であったことに気づくでしょう。
悟りを開くとはどういうことでしょう?
智慧に目覚めるとはどういうことでしょうか。
私の考えでは、それは目覚めた人に会うことです。そして、自分の愚かさを自覚させることです。
自分の愚かさに気づかない人は、全くの愚か者です。
自分の愚かさを知っている人は、愚かではない。
必ずや謙虚な人間に変身します。
そしてその人は、隣人の苦しみを痛感し、社会の不正を見るようになる。その人は、必ず隣人を慰め、社会の不正を批判し、社会を良くするために行動するようになります。
これが悟りです。
第二に重要なことは、すでに悟りを開いている人に会うことです。可能であれば、生きている人に会うべきです。それが無理なら、本の中で出会った人でもいいのです。 声や文章ですでに目覚めている人に会うことです。彼らはきっと、深い叡智をあなたに伝えてくれるでしょう。
この二つが、生きていく上で一番大切なことだと思うのです。そして、それが私の人生の最大の幸せでもあると実感しています。どうか良い師匠(仏様という意味です)に巡り会えますように。
智慧に目覚めるとはどういうことか?
不完全な存在である私たち人間が、いくら隣人の死に心を痛めても、残念ながら助けることは非常に難しいのです。
瀕死の親族の蘇生をどんなに深く願い、涙を流したとしても、周知のように、死から蘇らせることはできないのである。その思いは、崇高ではあるが不完全な慈悲の行為であり、実行することはできないのです。
それでも智慧を目覚めさせることはできる。誰にでもできることです。そして、完全な慈悲の行為を実践し、やがて真の英知に目覚めたら、英知に目覚めたいと願う隣人を助け、その願いを叶える手助けをすればいいのです。それが、智慧に目覚めるということです。
そうやって、素晴らしい人生を送ることができるのです。
聞いてくださってありがとうございます。
26 Jan 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るく楽しい世界 4 仏教伝道協会発行「和文仏教聖典」を音訳するシリーズ第四回。
今回はじぶん自身の煩悩を聞かせていただきましょう。
16 Jan 2023
無人駅の駅長 掌に収まるように短い掌篇随想集
「無人駅の駅長」
「東京模様」
「こころはペパーミント」
のなかから、何篇か選び音声化しました。
耳で読むエッセイ。
小説のような随筆のような他愛ない身辺雑記。
後半は映画批評となっていますが、取り上げた作品はすべて1990年以前のものです。
目次
・無人駅の駅長
・知的な経験
・早春
・烟りが眼にしみる
・宴
・印度 古往今来
・朧月
・節子とカティ
・出る
・黒と赤
・心はペパーミント
1 Jan 2023
愚かさに目覚めた人たちの明るい世界3 皆さん、こんにちは。あけましておめでとうございます。
仏教の経典の要点を皆さんにお伝えしたいと思います。
このポッドキャストには、仏教の創始者である釈迦牟尼仏の真の教えである経典のエッセンスを表す、たとえ話や簡単な表現が含まれています。
このポッドキャストが、皆様が日常生活の中で覚者と出会う際の指針となり、人生の場面で新鮮な答えが得られることを心から願っています。
このポッドキャストは、仏教伝道協会発行の『和文仏教聖典』から抜粋・編集したものです。
仏教伝道協会は、東京都港区に事務所を構える仏教の布教を目的とした団体です。この仏典の著作権は、仏教伝道協会が所有しています。
世界中の言語に翻訳された仏典にアクセスすることができます。このポッドキャストは非公式チャンネルです。
それでは、今回は「仏性」を聞きましょう。
「立って精進なさい。眠っていて得は無い。矢に射られ悩み苦しんでいるのに、寝ている者があるだろうか。」
「立って精進なさい。安穏を獲えるためにひたすらに修行せよ。あなたたちが怠慢なことを死の王が知って、あなたを悩ます前に、死の王があなたを迷わさせないように努力をせよ。」
「天人も人間も物欲に執着している。その執着を超えなさい。瞬時も虚しく過ごすな。時を虚しく空過した者は地獄の境界に苦しむから。」
「怠慢は塵垢である。怠慢に比例して塵垢が身に積もる。努め励み、心清浄を獲ることによって、その身に刺さった毒の箭を抜け。」
おしゃかさんの説法『スッタニパータ』より(岩波文庫「ブッダのことば」P70引用)
11 Dec 2022
愚かさに目覚めた人たちの明るい世界2 聞いてくれてありがとうございます。
今回の朗読部分の要点を一言でまとめると、「無我」になるとおもいます。
漢字で「ワレが無い」と書く無我です。 「我が無い」。
それじゃあその「が」とはなんでしょうか?
とっても難しいことですが、私は 「これは確かだと思い込むモノやコトの対象」 だと思います。
それは人によってみんな違うけれど、お金だけは頼りになると思う人もいるでしょうし、家族だけが確かだと思う人もいますでしょう。
こう言うと驚かれるかもしれませんが、仏教の信心は、なにかを信じることではありません。
信心とは、どんなものごとも確かでないと知る知恵のことです。
この知恵が身につくと、奥深くから心の眼が澄んできて、それまで見えていなかったものごとがクリアに見えるように成ってゆきます。 すると、楽しくなるんです。
私は仏教とは、人生をエンジョイするためのツールだと思います。 真冬に滝に打たれたりするような、苦しい修行は避けなさいと、今回の放送でも言っています。
それは、修行自体が目的ではないからだと思います。「おれは苦しい修行をやってる偉い人間だ」
とか
「あたしはお金をたくさん寄付した」
とか、
「難しい言葉を覚えた」
とか、そんな自慢の種をつくることが修行じゃありません。
無我の事実を知ることによって、人生をエンジョイして生きる自分に変わってゆく。仏教はそのための手段なんだと私は思います。
このポッドは、東京都港区三田にある財団法人仏教伝道協会が発行している和文仏教聖典」の連続音訳シーリーズの2回目です。 (伝道協会非公式チャンネル)
この本は、ホテルの部屋の引き出しなどによく置かれています。
また仏教伝道協会のサイトから PDF版を簡単にダウンロードできます(無料)。
金井隆久記
30 Nov 2022
愚かさに目覚めた人たちの明るい世界 1 こんにちは。私は日本に住んでいる仏教徒です。
仏教の経典の要点をお伝えしたいと思います。
このポッドキャストには、仏教の創始者である釈迦牟尼佛陀の教えである経典のエッセンスを表す、たとえ話や簡単な表現が含まれています。
このポッドキャストが、日常生活の中で覚者と出会い、人生の場面で新鮮な答えを出すための指針になることを心から願っています。
このポッドキャストは、仏教伝道協会発行の『和文仏教聖典』(よくホテルの部屋のテーブルの引き出しに置かれてある本)から編集・音訳したものです。
仏教伝道協会は東京都港区の三田に事務所があります(慶応大学の近所)。
世界中の言語に翻訳された仏典にアクセスすることができます。
このポッドキャストは非公式チャンネルです。
今回は初回として仏教のもっともだいじな教説「四諦」「縁起」などを聞きましょう。9分足らずです。どうぞ気軽に。
今年も昨年も、多くの方の亡くなった報らせを耳にしました。本当に悲しいことです。
しかし、生死無常の理は、それに目覚めた人たちが教えてくれた事実ですから、どうか驚かず、その智慧に目覚めてください。
不完全な存在である私たち人間が、いくら隣人の死に心を痛めても、残念ながら助けることは非常に難しいのです。
死に近い身内の蘇生をどんなに深く願い、涙を流したとしても、周知のように、死から蘇らせることはできないのです。その思いは、崇高ではあるが不完全な慈悲の行為であり、実行することはできないのです。
智慧を目覚めさせることはできる。誰にでもできることです。そして、完全な慈悲の行為を実践し、やがて真の英知に目覚めたら、英知に目覚めたいと願う隣人を助け、その願いをかなえる手助けをすればいいのです。それが、智慧に目覚めるということです
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