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流れのほとりに

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by キリスト教たんぽぽ教会

5.0(3 reviews)
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Podcast Overview

キリスト教たんぽぽ教会の礼拝で語られたメッセージ音源です。

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4/18/2021

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Episode thumbnail for 天の恵みに手を開く~御国の三つの景色~(マタイの福音書6章10節)

June 14, 2026

天の恵みに手を開く~御国の三つの景色~(マタイの福音書6章10節)

<p>序)「御国が来ますように」を教会の中心に据えて</p><p>・福音のメッセージは「私たちを(死後の)天国に入れてください」という方向性ではなく、この世界全体が、神様の祝福にあずかり、人の罪によって歪んだ世界が贖われて新しくされる(=神の国の成就)ことに中心がある。教会は「天国の待合室」ではなく「神の国の出張所」である。</p><p>1)「雨」にもいろいろあるように</p><p>・マタイの福音書では「神の国」という言葉より「天の御国」という言葉が目立つ。これは「神」という言葉を避けたユダヤ人に配慮した表現?</p><p>→それではマタイの福音書 6 章 33 節や 19 章 23~24 節が説明できない。</p><p>・「神の国」と「天の御国」は似ていて、重なるところはあるが違う強調点をもっている。マタイはさらに「父の御国」という用語も使う。</p><p>・「神の国」という大きなカテゴリーの中に「天の御国」、「父の御国」、狭い意味での「神の国」という使い分けがある。</p><p>2)「種」「花」「花園」~主の祈りで祈ること~</p><p>・種:天の御国は、天にある王としての権威の総体、神様の主権を指す。</p><p>・花:(狭い意味での)神の国は、天の王権が「地上」で実態を伴った状態。</p><p>・花園:父の御国は、キリストの再臨によって完成される世界。</p><p>・主の祈りの「御国」の直訳は「あなたの国」で、文脈上「父」と「天におられる方」の 2 つにかかる。</p><p>→「父の御国が来ますように」=再臨によって起こる世界の完成を祈る。</p><p>→「天の御国が来ますように」=天の王座と「今・ここ」の私たちが「つながりますように」という祈りである。</p><p>3)ダニエル書が教える「天の御国」とのつながり方</p><p>・ネブカドネツァル王が獣から人間に戻るところで、ネブカドネツァル王が「天の御国」を悟る。いま、目の前の現実がどうであれ、天の御国は、変わらずにずっとあり、すべてを包んでいる。</p><p>・「天の御国が近づいた」はタイミングの接近という意味ではなく「天の御国」は遠い所ではなく、いつでも、あなたの真上にあるということ。</p><p>・天の御国が来る(=天の御国とつながる)条件は「へりくだって身を低くする」こと。これは福音書で「心の貧しい者」と描かれる。</p><p>・「心の貧しさ」は精神的貧困や、自己肯定感の低さではない。</p><p>結)手を開いて、恵みを数える祈りへ</p><p>・私は恵みを忘れて、自分の手柄の有無、自分の過去を握っていないか。 </p>

Episode thumbnail for 聖名を帯びたコパンとして(主の祈り②)(マタイの福音書6章9節)

June 7, 2026

聖名を帯びたコパンとして(主の祈り②)(マタイの福音書6章9節)

<p>序)「祈り」が「願い」になりやすい私たち</p><p>・「祈り」…神様の心のとおりに私たちが動かされること</p><p>・「願い」…私たちの言葉通りに神さまに動いてもらうこと</p><p>・「御名を崇めさせたまえ」は、心からの礼拝を求めているようで、神様を鼓舞するようなニュアンスを抱いてしまうかもしれない。</p><p>1)「あなたがここに置かれた御名が」</p><p>・「御名が汚される」≒不名誉な事柄によって好ましくない評判が与えられること「汚名を着せられる」ことである。</p><p>・神様は失敗することがないのでご自身を原因として、御名が汚されることはない。神の名を帯びた者によって、御名が汚される。</p><p>・神の名を帯びたもの(御名が置かれたもの)とは、神の祝福を受ける者(民数記 6:27)であり、神殿である。(Ⅰ列王 8:29)</p><p>・御名を汚すことができるのは、私たちである。天において神の名は永遠に聖であるが、地の上においては、私たち次第である。</p><p>2)「御名を汚す」しくじりとは何か</p><p>・御名を汚す「しくじり」とは、罪を犯すことや失敗することではなく、「罪を罪と思わないで、自分を正しいとすること」「失敗や罪を隠蔽すること」である。→隠蔽は「神様は失敗や罪を赦すことのできない、心の狭い方である」「神の目は盲目で、隠すことが可能である」ということを告白する行為。愛と赦しの神は、他の神々と比較にならない卓越した神の性質(=聖)だが、それを信じて行動しないなら、汚す行為となる。</p><p>・神の聖(完全性)を信じるなら、私たちは不完全で成長する存在だと認めることになる。悔い改めや改善を放棄するなら思い上がりである。</p><p>3)聖なるものと「されますように」</p><p>・神様は私たちをご自分の「聖」に与らせようとしてくださることも忘れてはならない。神様は、私たちの名をもってご自分が呼ばれること(〇〇さんの神)を求められる。</p><p>・「聖なるものとなりますように(私、頑張ります!)」でもない。これは神的受動態である。主導権は神が取るが、私たちは自分を差し出すことが求められている。</p><p>結)「御名が置かれた天と地を結ぶ柱」として</p><p>・聖霊に自らを探られ、自分を開くことなしには祈りは「呪文」になる。</p>

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May 31, 2026

この地に、コパンと共に立つ(主の祈り①)(マタイの福音書6章9節ab)

<p>序)「コパン(いのちのパンを共に食べる仲間)」と祈る「主の祈り」</p><p>・ユダヤ人の文章の綴り方は「山登り」のように中心に重要事項を置く。</p><p>・「山上の説教(5~7 章)」は、一つの山であり「主の祈り」が頂上にある。</p><p>・「主の祈り」も 7 つの要素で構成された山で中心は「日毎のパン(糧)」!</p><p>1)「祈り(プロスエウコマイ)」の再定義</p><p>・「祈り」と「願い」は重なる部分がないわけではないが、区別できる。</p><p>・神は、人間の「願い」を「求める前」から知っている。(8 節)</p><p>・「プロスエウコマイ」のコアは顔と顔を合わせるほどの至近距離に身を置くこと。そこで起こることは、冗長な願いのリストを伝えるのではなく神の心、神の語り掛けを聞き取ること。</p><p>・「主の祈り」は「イエス様公認のお願い事リスト」ではなく「父の語り掛けを聞き取る備え」であり、言葉の後の「間」が重要になる。</p><p>2)「父よ」「私たちの父よ」</p><p>・この呼びかけは神の性別を教えるものではない。「源」という意味であり、自分が「子」であることを自覚させる。</p><p>・この親しみをこめた呼びかけは、当時の人々には驚くべきことだった。神と人の間には幕があり、断絶があり、数々のいけにえと準備が必要だった。それを手ぶらで「父よ」と飛び越える革命的な「道」である。</p><p>・この「道」はイエスの十字架で開かれた、いのちがけの道。</p><p>・「父よ」と呼びかける時、私たちはイエスの御名で祈っている。</p><p>・「私たちの父よ」と呼びかけるとき、神の家族(コパン)の一員であることを自覚する。一人ひとりが「人類代表」であることを自覚する時、わがままな願いは消えていく。</p><p>3)「天におられる方よ」</p><p>・この言葉は、至近距離から遠ざかる感覚を呼び起こすが、これは視点、視野の違いを自覚させる言葉。伝道者 5:1~2 が背景にある。</p><p>・父は、天からの視野で私たちの知らないことを知っている。だから伝えることより、聞くことに価値がある。それゆえ「言葉を少なくせよ」</p><p>結)「天と地を結ぶ柱」として共に立つ</p><p>・父は「天」におられるゆえに「地」に触れることができない。でも、そのために「私たち(子)」が存在している。</p><p>・「主の祈り」を積み重ねる時、私たちは天と地を結ぶ「柱」になる。</p>

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